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ハイ、キムチ! [某月某日@海外]

今週の日曜日から3泊4日で韓国へ出張しました。場所はソウルの南東約50kmにある昆池岩(コンジアム)リゾートです。ここは韓国LGグループが作ったスキーリゾートだそうです。まだスキーシーズン前ですので、会場が確保しやすいという理由でこの場所が選ばれたようです。

今回の出張にもカメラを持参していきましたので、仕事の話とは関係なく韓国の紅葉の様子などをお届けします。
韓国へは羽田からも飛行便がありますが、都合の良い時刻に到着する便がなかったので、往路は成田発で仁川(インチョン)空港に飛びました。空港からは会議の主催者がチャーターしたバスに乗ってコンジアムに向かいました。これはその途中でバスの中から撮影したものです。山も結構紅葉しています。
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これがコンジアムリゾートの全景です。2008年にできたそうですが、とても綺麗な滞在型ホテルです。敷地内にレストラン、温泉、カラオケ、コンビニなど多くの店があり、そして近くにはゴルフ場もあります。日本では考えられないような施設です。過去には日本にもこのような豪華なリゾートがありましたが、バブルの崩壊とともにほとんどのリゾートが閉鎖に追い込まれたからです。
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二日目の朝、起きると快晴でしたので、朝食前にカメラでリゾートの中の紅葉を撮影しました。朝日を浴びて紅葉が輝いていました。
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中庭には滝まであり、その周辺の木々は美しく彩られていました。
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この部分はとくに真っ赤な紅葉の木が集中しています。
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ホテルの前の道路に出てみると朝日がキラキラと燃えながら上ってきました。
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会議二日目の午後は夕食までフリータイムでした。しかし、どこかに行こうと思ったら車がないとどうにもなりません。どうしようかと思いましたが、足で歩ける範囲といえば、ここから山に登るしかないと思い立ち、ホテルの案内係にスキーゲレンデの上まで行くには何時間かかるかと訪ねました。係りの若い女性が、地図を示して「これがゲレンデです。ここを巻くように歩くコースがあります。一周3時間ほどかかります」という。そこで「では、行って見ます」と言った時の彼女の表情が最高でした。写真に撮れなかったのが残念ですが、「えっ!行くんですか?」という驚きというか、軽蔑というか、なんともいえない表情でした。たぶん、もの好きな爺さんだなあと呆れられたのだと思います。でも、こちらが本気で行くつもりだと分かると、「入り口が分かりにくいのです、それに入り口は施錠されていますのでホテルの部屋の鍵を持っていない人は入れません」という。結局彼女が入り口までついてきて、ここからお入り下さいと教えてくれたのがこの場所です。最初は階段でしたが、すぐに山道になり、延々と歩きました。
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でも、途中で困ったのが標識です。ハングル表示しかないのです。私はハングルは全く理解できませんので、こんな状況に来ると困りました、「右?、左?、分かんね〜よ」という始末です。でも、エイヤ!と右に決めて歩きました。DSC08601.JPG

やっと山の頂上付近に来ました。リフトの終点も眼下です。
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スキー場を取り巻くコースではちょっと疲れましたので、降りるときはスキーゲレンデを歩きました。でもこれも結構大変です。ここは上級者コースですから、傾斜がたぶん30度くらいだと思います。一度転んだら、雪が無いので下まで転びそうです。オフシーズンに整備用の車が上り下りするための道が作られていましたので、この道路を歩いて慎重に降りました。
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やっとだいぶ降りました。左には初心者用のリフトがあります。その向こうの山は綺麗に色づいていました。
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ホテルの庭に戻ると、今度は夕日で紅葉が輝いていました。人口の滝なので写真を撮るにはちょっと不満ではありますが、紅葉が綺麗だからまあいいかという感じでシャッターを切りました。DSC08769.JPG

夕日が紅葉の間から洩れていました。
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紅葉は逆光線の中では一段と映えます。
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僅か3泊4日の韓国でしたが、韓国の美しい紅葉だけでなく、韓国人の向上志向のエネルギーを強く感じた出張でした。人間は上を向いて生きないとだめになることを改めて教えられた出張でした。日本人の上昇志向は何処へ消えてしまったのでしょうか?

蛇足です。日本では、集合写真を撮る時、「ハイ、チーズ!」といいますが、韓国では違いました。「ハイ、キムチ!」でした。

初めての受賞 [某月某日@海外]

前回のブログで、超電導発見100周年を記念する国際会議について述べました。じつはここで私にとっては一生の思い出に残る出来事がありました。この「超電導100周年会議」の中で、IEEE(米国電気電子学会)という学会から表彰されたのです。会議は一週間続きましたが、その中日を「歴史の日」と題していろいろな記念講演があり、その日に表彰式もありました。
IEEEというのは、会員数40万人を超える世界最大規模の学会です。もともと米国の学会ですが、実際には160カ国以上のエンジニアや研究者などが会員登録しています。私も会員です。電気・電子技術のすべてを網羅しています。
IEEEの中に超電導に関する分野を担当する超電導分科会というのがあります。今回その分科会から表彰されました。この分科会の表彰は2001年に始まりましたので、今回が第11回目に当たります。10年前に設立されたこの賞は、これまで42人が受賞しています。そのうちの日本人は、超電導リニアモーターカーを世界で初めて開発した元国鉄の京谷好泰さんなど7名がいます。

この超電導分科会にはいくつかの賞がありますが、私はAward for continuing and significant contributions in the field of applied superconductivity (応用超電導分野における長年にわたる顕著な貢献に対する賞)という賞をもらいました。超電導分科会では毎年4名前後が受賞していますが、今年は超電導100周年の記念すべきすべき年であるため8名が受賞しました。

これがその表彰式で楯を受け取った時の写真です。真中が私で、左側が超電導分科会長、右側が表彰審査委員長です。
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これが表彰の楯です。けっこう大きくてA3サイズほどの大きさです。名前の下には本人の業績が刻まれています。そして下のほうにはIEEEの超電導分科会長と表彰審査委員長のサインがあります。
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これが同時に貰ったメダルです。ニオブという超電導材料で作られています。こちらが表です。
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こちらが裏側です。
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これは表彰式の前日の夕方行われた受賞者歓迎会の様子です。受賞者、主催者のほかに過去の受賞者も含めて約50名が集まりました。昔から良く知っている人たちも大勢参加していましたのでたいへん楽しく過ごすことができました。
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これまで賞を貰ったことはありませんでしたので、この受賞はたいへん嬉しく思いました。仲間からも祝福されましたが、会場で若い人が何人か寄って来て、「メダル見せて~!」と言った時はとくに喜びが込み上げてきました。

超電導発見100周年 [某月某日@海外]

今年は超電導現象が発見されてちょうど100年ということで、世界中の多くの場所で記念行事が行われています。超電導というのは、ある物質を非常に低温まで冷却すると電気抵抗が完全にゼロになる現象です。これは1911年にオランダのカマリン・オンネスという人が、水銀をマイナス269℃まで冷やすと電気抵抗がゼロになることを発見したことから始まりました。最近はたくさんの病院で人体の断面を観察するのにMRIという装置が使われていますが、このMRIは超電導磁石によって強い磁界を発生させています。2027年に東京-名古屋間を走ることが予定されているリニアモーターにも超電導磁石が使われます。

先週の9月18日から23日までの一週間、オランダのハーグで超電導発見100周年を記念する国際会議「超電導100周年会議」が開催されました。私もこの会議に出席してきました。ハーグはアムステルダムから電車で30分くらいのところにあります。
これが会議の開催された場所(ワールドフォーラム)です。NOVOTELホテルに併設された大きな国際会議場です。世界中から1,105名の参加がありました。18日(日)夕方のレセプションから始まって、23日(金)の午前中までスケジュールがぎっしりの密度の高い会議でした。
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23日の午後は超電導の発見者であるカマリン・オンネスがいたライデン大学へのバスツアーがありました。ライデンはハーグとアムステルダムの中間にあります。
これが、1908年にオンネスが初めてヘリウムガスを液化することに成功した液化機です。
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水素や酸素などいろいろな気体の中で最後まで液化できなかったのがヘリウムです。気体のヘリウムガスは液体にすると、その温度はマイナス269℃という低温です。気体である水蒸気が液体になる温度は100℃ですから、液体ヘリウムがいかに低い温度であるか分かると思います。この液体ヘリウムを使っていろいろな金属の抵抗を測定しているうちに、水銀がマイナス269℃付近で超電導になることを発見したのが、ちょうど100年前の1911年のことでした。
ライデン大学に展示してあるカマリン・オンネスのいろいろな足跡をみると、当時の興奮が蘇ってきました。

その後、ライデン市内を少しぶらつきました。
これはライデン大学を運河越しに見た写真です。緑の多い綺麗なキャンパスです。
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ライデン市内もとても綺麗で、運河がたくさん通っています。
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これは運河に架かる跳ね橋のようです。
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風車がありますが、これはおそらく最近作ったものだと思われます。オランダにはもう昔からの風車は少ないようです。観光用に残してある場所まで行かないと見られないようです。
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次の日(24日)は飛行機の出発まで時間があったので、NOVOTELホテルから歩いて海岸まで行きました。
市内にはこのようなトラムがたくさん走っています。地図を見てトラムの系統が分かればいろいろな目的地まで簡単にいけます。代金は2.5ユーロ(260円くらい)です。
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オランダの道路は歩きやすいです。車道の横には自転車専用道路があり、さらに街路樹を隔てて歩道があります。さらにその横には幅50mほどの森が道路に沿ってずっと続いています。住宅街はその奥にあります。このため自動車の騒音に全く煩わされることなく静かに暮らせます。
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街中にはあちこちにこのような大きな教会があります。
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これは海岸に向かう途中の道ですが、朝市が開かれており賑わっていました。
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これはその道の途中にあったマリンスポーツ店です。ここの海岸がScheveningenという名前です。現地のひとはスフェベニンゲンと発音していますが、どうも日本人はスケベニンゲンとして覚えてしまいそうです。
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これがその海岸です。砂浜があるだけですが、現在道路の右側を大掛かりに工事しており、近いうちに観光地として生まれ変わりそうです。
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今回の会議の中で、私にとって一生の思い出に残る出来事がありました。それは次のブログで紹介します。

ヨーロッパの風景 [某月某日@海外]

ヨーロッパで撮影した風景を集めてみました。
これはピサの斜塔です。世界的な観光地だけに、見物人の数も多いです。斜塔に登ろうとして塔の下の受付に行くと、「ただいま3時間待ちです」と言われて引き下がって来てしまいました。この塔に登ってガリレオの気分を味わうことは叶いませんでした。
塔だけでなく、ガリレオが「振り子の等時性」を発見したと言われている大きな振り子が吊るしてある寺院などがあり、結構楽しく見て廻れます。
観光客のほとんどが斜塔を背景に写真撮影です。これは母親と思しき女性が2人の娘に大声で指示しています。何と言っているか分かりませんでしたが、おそらく「もっと高く手を上げて!後ろにもっと反りなさいよ!」とでも言っているふうです。
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これはベルギー、ブリュッセルの市庁舎前の広場です。実際はここも観光客がいっぱいいるのですが、なるべく人が入らないように撮影しました。このカフェが開店前でしたので落ち着いた街の雰囲気がでました。空のすじ雲が綺麗です。
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これはドイツのハイデルベルグ城内から望むハイデルベルグの旧市街地です。ネッカー川沿いには赤っぽいオレンジ色の屋根に統一された住宅街が見えます。
以前、姫路城の天守閣から姫路の市街地を眺めたことがあります。もちろん、景色はこのハイデルベルグとは全く異なっていますが、なぜか気分的には同じなのです。やはり、一国一城の主になった気分なのでしょうか?いやいや、高いところから下界を見下ろして気分がスカッとしたというのが、本当のところでしょうけど・・・。
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これは、パリのドゴール空港の待合室です。何となくおしゃれな感じがします。
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これはイタリヤのソレントの船着場です。崖の上が市街地です。階段を下りて船着場にたどり着きます。崖の多いところに船着場を作ろうとすると、どうしてもこんな構造になって、港という雰囲気ではなくなりますね。
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これは、ドイツのカールスルエで見た低床式LRTと呼ばれる路面電車です。ヨーロッパではこのような路面電車があちこちの都市で見受けられます。床が低いので老人でも乗り降りが楽です。それとデザインがいいですね。それぞれの街の雰囲気にあった路面電車は、景色の一つとして溶け込んでいる感じです。日本でも導入の機運が高まって来ているようですので楽しみです。
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これはドイツのニュールンベルグ城壁内にあるアンティークショップです。下のほうにはお皿が展示してありますが、上にあるのは大きなスプーンとか、お玉のようなものもあります。フライパンのような大きなスプーンもありますが、何に使うのですかね。ここにそっと蛸焼き器を飾ったら面白いなあと思ってしまいました。
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じろじろ眺めていたら、このアンティークショップの息子と思われる子供が帰って来ました。「なんだ、この変な外人は!」という目で見られてしまいました。
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普段見馴れないものを見るのは楽しいものです。

スコットランドの古城 [某月某日@海外]

1991年6月に、スコットランドのグラスゴーでの会議に出席しました。これはグラスゴーに行く前に泊まったロンドンの光景です。ロンドン名物のオースチンのタクシーがずらりと並んでいます。このタクシーに乗って、後ろの座席に座り脚を伸ばしましたが、私の短い足では前の座席に届きませんでした。足の長さは別にしても、中はかなり広いです。
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会議の後の晩餐会はグラスゴーで一番大きな教会で行われました。10人ほど座れるテーブルが30卓以上ならんでいます。
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教会の正面には大きなパイプオルガンが置かれています。
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宴もたけなわになったころ、歌姫が舞台に上がりました。きれいな声で何曲か歌ってくれました。その中で覚えているのは、「ロッホネス(ネス湖)」です。スコットランド地方では、湖のことをレイクと言わずにロッホと言うことを初めて知りました。
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晩餐会が終わってから撮ったこの教会の外観です。時間はすでに夜10時半を廻っています。でも、空はまだ明るく、日本の6月の午後7時頃の感じです。この後、地下鉄に乗ってホテルに戻ろうとみんなで駅へ行くと、「もう終電は終わりました」というそっけない返事。「えー!まだ明るいのにどうして?」と言っても後の祭り。結局タクシーで帰りました。
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これが泊まったホテルです。昔のお城を改造してホテルにしたものです。一緒に泊まった仲間の一人が、「ここには地下室があって、そこは昔処刑場だったそうだ。今でも幽霊が出るらしいよ」と言って皆を脅かしていました。
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ホテルのすぐ近くの光景です。北海道に似た広々とした大地が拡がっていました。
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ポンペイの遺跡 [某月某日@海外]

2003年9月にイタリアのソレントでの会議の後、先輩のHさんと列車でポンペイに行き、遺跡を見学しました。
今から約2000年前の西暦79年にベスビオス火山が噴火して、ポンペイの町が一夜にして完全に地中に埋まってしまったそうです。およそ1万2千人の町が全滅しました。それが発掘されて、ほぼ全貌が見られるようになっていました。

これは目抜き通りです。中心の石畳の道は馬車が通った道だそうです。
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遠くにベスビオス火山が見えています。ここの火山灰がこの町を埋め尽くしたのです。
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これも別の遺跡の向こうに見えるベスビオス火山です。
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神殿の柱だけが残っています。
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これも別の神殿の柱です。
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劇場です。かなり沢山の客席があります。
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ここは往時には沢山の人が行き来していた通りです。いろいろな店がならんでいます。
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これはお店の一つで、居酒屋のカウンターです。丸い穴にはワインの桶が置かれていたようです。2000年前の賑わいを想像すると感慨深いものがありました。
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これは住居の中の客間です。天井中央には天窓があってそこから雨水が入り、雨水を溜める浅いプールが室内に作られていました。その周辺の床にはモザイクが施されています。
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およそ2000年前の遺跡が、このような形で見られるというのはすごいことだと思います。ここに当時の服装をした人々が往き来していれば、2000年の時を超えて往時へタイムスリップしてしまいます。

ヨセミテ散策 [某月某日@海外]

1993年の秋、カリフォルニア大学バークレー校(UCB)に2ヶ月ほど滞在しました。その時泊まった宿舎がこの建物です。レディースファカルティクラブです。日本語では女子職員寮とでもなりましょうか。なぜかここに男性も泊まれます。普通のホテルと同じような宿泊施設です。宿泊費がたいへん安く、たしか1日10ドルくらいだったように思います。
写真の左側に少し顔を出しているのがUCBの時計塔です。朝の8時と夕方6時には鐘がきれいなメロディーを奏でます。奏者がいて生演奏をしています。
UCBに限らず、アメリカの大学はキャンパスが非常に広くてきれいです。
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ここに滞在中、1日休みをとって、土日含めて2泊3日でヨセミテに行きました。一緒に行ったのは当時サンフランシスコの現地法人に出向していた、私の友人Ok君です。
サンフランシスコから車で約3時間半かかります。途中はガソリンスタンドも人家もないような一本道を延々と走り続けました。
もうこの季節なら空いているだろうと、ホテルの予約もしないで行ったら、全部満室で断られてしまいました。それでも、キャンプ場なら空いているというのでそこに泊まりました。
天気は最高でした。3日間、雲を全く見ませんでした。こんな体験は初めてです。

まずそのスケールの大きさに圧倒されました。永い間水に侵食されてできた地形は、川の両側に高い絶壁を形成しています。
これはエルキャピタンという壁です。谷底から約1,500mあるそうです。
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その壁にじっと目を凝らしてみると、なにやら動くものがあるのです。望遠レンズで覗いて見ると、人です!二人組みのアルピニストがこの壁を登っているのです。下の写真の真ん中に黒く見える点がそうです。この程度しか拡大できませんでしたが、実際にカメラを覗いて見ると、その動きから人であることが分かりました。ロッククライミングの好きなアルピニストにとっては絶好の場所だそうです。
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これはハーフドームと呼ばれる有名な山です。丸い山を真っ二つにしたような特徴的な形をしています。ちょうど朝日が昇ってその上半分を照らしています。
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これは昼間のハーフドームです。いま立っている場所は観光スポットで多くのハイカーが休んで記念写真を撮ります。ハーフドームは谷底から約900mあります。
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私もハーフドームを抱きかかえるポーズで写真を撮って貰いました。まだ若かったですね。
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このような崖のある山も見事で見応えがありますが、その周りの景色も最高です。切り立った崖ばかりではありません。このようななだらかな山もあります。
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そのような山の上には簡単に登れますし、木陰で一休みしてお弁当を食べるのは最高です。
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トレッキングに疲れると、こうして周りの景色を見ながら休憩しました。
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川も綺麗です。このように雪解け水が浅い流れを作っているところがあります。
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深い流れの川もあります。これはマーセド川です。峡谷の間を縫って流れています。
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普通のツアーでは車でエルキャピタンやハーフドームを下から眺めるだけですが、このときは、ヨセミテの中を広範囲にあちこち歩き回ることができました。忘れがたき思い出です。

便利な言葉「シニア」 [某月某日@海外]

3年前の夏、仕事でアメリカのフィラデルフィアに行きました。
フィラデルフィアは17世紀後半にクエカー教徒が住み着いて以来、18世紀にはアメリカ最大の都市だったそうです。このような経緯から、フィラデルフィアはアメリカの歴史を色濃くにじませています。市内のどこを歩いても博物館や美術館がたくさんあり、歴史好きな人にとってはたまらないと思います。

これは独立記念館にある「自由の鐘」です。アメリカの独立のシンボル的な存在です。1776年7月8日のアメリカ独立宣言朗読の際に鳴り響いた鐘です。
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このような街ですから、興味深い場所は沢山あります。
職場の先輩のHさんと一緒に美術館めぐりをしようと街に出ました。最初はタクシーで目的の美術館に行きましたが、「バスがいっぱい走っている。バスに乗って見ようか」ということになりました。
目的地を通りそうなバスに乗り込むと、運転手が「シニア?」と質問してきました。Hさんも私も質問の意味が分からず、きょとんとしていると、「何歳ですか?」と聞いてきました。Hさんが「66歳です」と答えると、「60歳以上のシニアは無料です」と言って只でバスに乗せてくれました。
それ以来、バス乗り放題。バスに乗り込むと、Hさんが手を上げて「シニア!」と言って乗り込み、その後から私が「ミー、ツウ!(私も)」と言って続きました。

いろいろな美術館や博物館を見て廻りました。ロダン美術館、次にアートミュージアム、そしてフランクリンミュージアムなどです。

これはロダン美術館の入り口にある大きな彫刻「地獄の門」の一部です。
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これは有名な「考える人」です。
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70歳以上の老人バス定期も有料にするどこかの国とは違って、60歳以上の観光客まで無料にするアメリカは余裕がありますね。

アメリカンフットボールゲーム [某月某日@海外]

もう今から20年前のことです。1990年9月の末、アメリカのロッキー山脈麓にあるフォートコリンズでの会議に出席しました。その会議の合間にアメリカンフットボールの試合を見に連れて行ってもらいました。前日の夜、アメフトに詳しい米国人が試合のルールを説明してくれました。しかし、一回の説明では到底理解できませんでした。

試合はコロラド州立大学のスタジアムで行われました。スタジアムの外には警備員がいましたが、何と馬に乗っています。西部劇に出てくる保安官のいでたちです。いかにもアメリカのユーモアです。日本の早慶戦でちょんまげを結った十手持ちが警備をしているようなものですが、日本人にはこのジョークは通じないでしょうね。
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試合は、コロラド州立大学とビジター(名前は忘れてしまいました)の対決です。緑と黄色のユニフォームがコロラド州立大学で、赤と白のユニフォームがビジターです。
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ともかく動きが速く、誰がボールを持っているのか分からなくなることがあります。気がつくと、ボールがとんでもないところにあったりします。
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トライを決めると、空砲の大砲が大きな音を響かせます。
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コロラド州立大学のチーム名はRAMS(雄羊)です。そのため、羊がチームのマスコットになっています。トライを決めるたびに空砲が鳴り、それを合図に羊がグランドを走って一周します。2回目までは羊も元気に走っていましたが、3回目からは疲れたのか、走るのを嫌がって、観客の笑いを誘っていました。
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いまでこそ、日本の大学でもチアガールは珍しくありませんが、20年前の日本ではあまり見かけることがありませんでした。しかし、アメリカではチアガールたちが頑張っていました。
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ピラミッドもお手の物です。
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最後は宙返りです。
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しかし、もっとすごいのは観客です。この盛り上がりは凄いです。これに比べると、日本のスタジアムではみんな紳士・淑女です。
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ワールドトレードセンターの思い出 [某月某日@海外]

ニューヨークのワールドトレードセンター(WTC)が同時多発テロのために消滅したのは、2001年9月11日でした。私はその10年前の1991年7月にWTCを訪れました。

今回は在りし日のWTCのことを書きます。
ニューヨーク郊外での会議を終えた後、市内観光に出かけました。なるべく乗り物を使わず、自分の足で歩くようにしました。
これはセントラルパークです。森の木立が大きく繁っており、市内の喧騒を隔絶してくれています。とても静かな公園です。
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この後、延々と歩いて、ウォール街などを通ってマンハッタン島の端まで行きました。そこから自由の女神見物とマンハッタン島一周の観光船に乗りました。
エンパイヤステートビルが高々と聳えています。
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自由の女神です。この中は螺旋階段になっており、王冠の部分まで登りました。下のほうにいる人物と比較すると像の大きさが分かります。
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自由の女神像とマンハッタン島が見えています。WTCのツインタワーがひときわ高く見えています。
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これは、ハドソン川から見たWTCです。
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WTCは110階建てで、屋上まで417mありました。塔の先端までは528mだったそうです。
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これはWTCの屋上から見たハドソン川です。
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WTCの屋上は展望デッキになっており、観光客用の歩道が作られていました。マンハッタン島の中の建物がほとんど全部が見えます。
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これはWTCの一方ビルの屋上から見た、もうひとつのWTCビルです
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WTCはエンパイヤステートビルに比べると、たいへん単純なデザインの直方体でした。それでも、ツインタワーはニューヨークのシンボルとして印象に残るビルでした。
2001年9月11日(日本時間では9月12日の夜)、私は中国駐在を終えて日本に帰国してからまだ日が浅く、リハビリ期間中でした。テレビのスイッチを入れると、10年前に登ったWTCが炎上していました。初めはドラマかと思いました。しかし、どのチャンネルを見ても同じシーンなのでこれは大変なことになったと思いました。そして暫くするとWTCが一瞬にして崩壊してしまいした。いまでも戦慄の走る思い出です。
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